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2011年7月14日 (木)

私達も自然の一部

梅雨が明けた途端に空の雲が変わった。
東の方から本格的な入道雲が現れ、次第に大きさを増しながら空を占領していく。  018.JPG 
8割方灰色の雲で覆われたら夕立がやってくる。
梅雨明けの日の夕方は凄まじい豪雨だった。
稲妻が空に走り、雷がいつまでも鳴り止まなかった。
まるで高圧洗浄のように雨が横殴りに窓を叩きつけ、豪雨が去った時にはガラスはすっかりきれいになっていた。
自然のダイナミズム。
ここに来て一番変わったのは暮らしぶりがダイナミックになったこと。
都会にいる時にはインテリアなども繊細なものを好み、細かい所にどうしても意識を向けがちだった。
マンションで飾っていた置物などを置いてみるが今一つしっくりしない。
ちまちました感じでがらんとした古民家にはそぐわないのだ。
細かい雑貨類は置かないことにして大きな存在感のある物をどんと据えることにした。
できるだけシンプルに暮らしたい。それが今の願いである。
引っ越しの時にマンションで使っていた物をそっくりそのまま持ち込んだ。
古民家暮らしのために新しく購入したものはない。
収めてみて驚いたのは、洋家具が実によく和の空間にマッチすることである。
和風モダンというか、まったく違和感を感じさせず、ただ自然にあるべくしてあるという感じ。
和のインテリア雑誌を見ると、これぞ日本の伝統と言わんばかりに高級和家具、和雑貨等で美しく統一された部屋が紹介されているが、どうも押し付けがましさを感じて好きになれない。
大正時代あたりのノスタルジックな雰囲気が個人的には好きである。

 
          客間                                  玄関
005.JPG015.JPG










都会という人工的なものが渦巻く中で暮らしているうちに、人は徐々に原始性から遠ざかる。
そしていつの間にか自分たちは優位であり、自然はコントロールでき、克服出来るものと思い込む。
実際に自然の中に身を置いて、それがいかに驕った考えであったかを思い知らされる。
自然と共存、などとんでもない。
人間は決して自然と対峙し得るものではない。
人間も自然の一部に過ぎないのだ。
豪雪地帯の只見に移り住んで、4年かかってやっとここまでの気付きを得ることが出来た。
自然は甘く見ると厳しいしっぺ返しを送って来るが、大切にすれば何倍もの恵みをもたらしてくれる。
森林は、一昔前まではスーパーマーケットであり、ホームセンターであり、ガソリンスタンドであり、薬局でもあったと言った人がいて、なるほどなあと思った。
食べ物一つをとってみても四季を通じて動物も植物も豊富に供給され、栄養的にも申し分ない。
昔四国地方のある村では、経済的に立ち行かなくなった家は村を離れて山にこもり、3年~5年自給自足の生活をし、立て直してからまた村に戻るという慣習があったそうだ。
衣食住全てにわたって恵みをもたらしてくれる自然の奥深さ。。
自然のダイナミックなうねりに身を委ねて、他の生きとし生けるもの全てと歩調を合わせて生きていけたらどんなに楽しいだろう。
それが私の理想とする生き方です。

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