2015年4月 3日 (金)

ブログ再開のお知らせ

下記に移行し、ブログを再開します。

どうぞよろしくお願いいたします。
 
きえさんのターシャ的生活

2013年3月26日 (火)

ブログを終了します

3月は卒業、そして巣立ちのシーズンでもありますね。
家の近所でも、きえさんの孫娘のりなちゃんが先日中学校を卒業して4月から高校生になります。
家の中を片付けていたら懐かしい写真が出て来ました。移住して間もない頃に我が家の居間で蘭丸と遊ぶりなちゃんを夫が撮したものです。
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あちこち傷が入った写真を見つめて、ああこの時からもう6年も経つのかと感慨深いものがありました。
当時りなちゃんは小学4年生、蘭丸はまだ1歳でした。細くて小さかったりなちゃんは今ではすっかり美しい乙女に成長して、部活、勉強に忙しくなり、蘭丸はなかなか遊んでもらえません。(時々恋しくなるとりなちゃんの家の玄関先まで行ってクンクン周りの匂いを嗅いで帰って来ます。)
私どもの田舎暮らしも7年目に入ろうとしています。あっという間だったような…、でも長かったような…。
2月頃からこのブログに一度区切りを付けようかなと思うようになりました。
2年前東日本大震災が起きた後に、自分のいる位置から福島県の片隅に生きる一人としてその想いや空気感のようなものを発信して行けたら、と思ってブログを始めました。でもどうも最近マンネリ化してきてしまっている。ということは多分生活がマンネリ化してきているということなのです。別の見方をすればここでの暮らしが落ち着いてきたということなのかも知れませんが…。
でもこのパターン化した生活を一回見直して、新しいステージを作りたいという欲求が自分の中に湧いてきています。ちょうど7年目という節目でもありますし、見直すには良い機会ではないかと思ったわけです。
震災から2年経って、人々はもう前を向いて歩き始めています。私も漫然と日々の暮らしを綴る生活から抜け出して、もっと積極的に今やることがあるのではないかと、そう思うようになりました。
ということで、この田舎暮らしのブログは終了することに致しました。(私にとっては卒業かな?)
この2年間いつも訪れて下さり、支えていただきありがとうございました。心より感謝申し上げます。
只見町は今年「ユネスコエコパーク」への申請をしようとしております。手続きを行った翌年に登録という形をとるようですので、来年以降は私共の生活環境は大きく様変わりしているでしょう(期待を込めて)。一方放射能問題は今後さらに厳しい状況になることが予測されます。1年後、2年後どうなっているかわからない状況ですが、それでも私は自給自足の生活に近付くべく畑を耕し、ターシャ的生活を目指して日々邁進していることでしょう。
また「書きたい」という内なる思いが湧いてきたらブログを始めます。その時はもっとテーマを絞って、別の切り口で、と思っています。タイトルも変わるかもしれません。
それまでの間、「只見の四季の移ろい」などは引き続きFacebookにupしていく予定です。
では皆様、お体を大切になさって心豊かに日々をお過ごしくださいますように。
         本当にありがとうございました。
 
 
                                  2013年3月26日        佐藤 キヱ子

2013年3月21日 (木)

続 春を探しに

我が家の犬、蘭丸はイタリアングレーハウンド(イタグレ)という犬種でアンダーコートがありません。
四季の寒暖の差がある所の犬は被毛が二重構造になっているのが普通で(アンダーとオーバー)、アンダーコートは防寒の役割をしてくれ暖かくなると抜けてしまいます。蘭丸は抜け毛がないので助かっていますが、寒さにはめっぽう弱く、ひと冬を殆どコタツに潜って過ごします。
温度にはかなり敏感で、5℃以下の時は外へ出ようとしません。
春先になって気温が上がり始めると、ぽつぽつ日中はコタツを抜け出して窓辺で日光浴をしたり、短時間外へ出て空気の匂いを嗅いだりするようになります。散歩はもともと好きなのですが、寒い時、風の強い時に連れ出そうとすると、嫌がり歯をむき出して怒ります。
散歩を始める目安としては最高気温が10℃を超える頃ですかね。昨日は風もなく絶好の散歩日和でした。「おさんぽ!」と声をかけただけで早く行こうといった感じで「ク~ン、ク~ン」と催促して来ます。
初めてなので、ゆっくりと体慣らし程度にその辺を歩いて来ることにしましょう。ついでに春を探しながら…。
アスファルトはすっかり乾いているのに道の両側にはまだ雪の壁が立ちはだかっています。ずいぶん雪が解けたように思っていたのですが、まだ2mもあるのですよ。
昨日は坂を下りて国道を横切り、橋のあたりまで足を伸ばしてみました。この時期は歩く時に特に転倒に気を付けなければいけません。日陰に入ると溶け出した雪が凍っていて滑りやすくなっています。
移住して来た翌年の春に何度か転倒したことを今でも思い出します。もう道路が乾いているからと、浅めのブーツを履いて散歩に出かけました。道路の真ん中を犬と歩いていると、車が坂を登って来るのが見えました。雪で舗道には入れないので、できるだけ道端に避けようと日陰に入った途端に足を取られて体が宙に舞い、とそこまでは覚えていたのですが…。気が付いたら夫婦と思しき男女が道端に横たわった私の顔を覗いて「大丈夫ですか?」と尋ねていました。ぼんやりした頭で「はい。」と答えて周囲を見回すと車が停まっていて、道路の反対側にリードを付けてビックリした様子の蘭丸が佇んでいました。ああ、私は滑って転んだんだわ、その時に蘭丸が弾き飛ばされたのに違いない、坂を登って来た車から私が見えて、心配して降りて声を掛けてくれたのだと漸く様子がわかって来ました。安堵して車が立ち去った後に、ぼーっとしながら私は何とか蘭丸のリードを引いて家に辿り付きました。暫く座って安静にしていると、とても不思議な体験をしたことが蘇ってきました。私のこれまでの人生、来し方がまるで映画の映像のようにさぁーっと流れたのです。その間、私はきっと気を失っていたのに違いないのです、それほど長い時間ではなかったと思うのですが。よく人は臨終の間際に人生の全てが走馬灯のように蘇り、懺悔し感謝して亡くなるという話を聞きますが、ああきっとこんな感じなんだろうなと妙に納得が行きました。道路の転倒はその時だけでしたが、その後に夜星空を見ようとしてうっかりつっかけを履きで庭に出て2度転倒しました。そのうち1回はやはり過去1週間がさっと蘇りました。失神の時間と過去の遡り時間はどうも比例するようです。その後曜日の感覚がつかめなくなって、元に戻るのに1ヶ月半ほどかかりました。
そんなことがあってから用心するようになり、冬の間に脚力が衰えないように雪かきで運動をして、雪が完全になくなるまでは滑り止めの付いた長靴を履いて出かけるようにしています。
でも今年はやはり暖かいのかなあ、明け方も零下まで気温が下がる日は少なく、道端も凍っていません。こうなるとかた雪渡りも期待できないのですが…。橋の上はすっかり雪が溶けていて、蘭丸が風を受けて気持ち良さそうに走ります。
伊南川にも雪解け水が流れ込み、増水して勢いがついています。
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水害後に川幅が広がって、川の形も変わったような気がします。周囲はだいぶ山肌が見えて来ました。何となくぼーっと霞んで春めいています。川を渡った先の農村公園は雪に覆われ入ることが出来ませんでした。
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池もやっと雪が解け始めたようで、このあたりはまだ冬ですね。
引き返して坂を登り、湯ら里の方に行ってみました。
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東京はもうそろそろ桜が満開ということですが、只見はまだこんな状態。蕾は膨らんで来ていますがまだ固いです。
それより何よりこの冬の大雪であちこちで枝が裂けたり折れたりしているのが痛々しい限りです。
広場に入って見ると、あ、春がありました。
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数本のネコヤナギがたくさんの花穂を付けていました。まだ固めですがこれからふわふわした銀白色の毛になっていきます。
頭しか見えなかった街灯もだいぶ姿を現して来ました。隣のハナミズキも赤い蕾を蓄えています。
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まだまだ浅い春という感じですねぇ。家の近くに来てやっとフキノトウに会えました。道路沿いに朽ちた落ち葉を持ち上げるようにして芽吹きだしたフキノトウたち。これぞ春です。
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家の前の土手には福寿草が頭をもたげていました。
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来週には咲きそうな勢いです。ということはいつもより2週間も早い。只見の本格的な春の訪れも今年は早いかも知れません。ずっとひと冬いたせいか、今年ほど春が待ち遠しいと思ったことはありません。一斉に花が咲き、野山が芽吹き萌え出す春、思うだけでわくわくします。
「は~るよ来い、は~やく来い!」と思わず口ずさんでしまう今日この頃です。

2013年3月20日 (水)

春を探しに

カナダのロンドンで行われた「世界フィギュア選手権 2013」は一昨日に閉幕しました。TVで放映された分は全部見ましたが、今回の観戦は本当に疲れました。終わったらグッタリしてしまって、昨日一日休養を取りました。(一番疲れたのはもちろん選手たちですが…。)
日本では録画したものをゴールデンタイムに放映したのでもうすでに結果がわかっていて確認のための観戦という感じでしたが、コマーシャルが多くて限られた選手たちの演技しか見られなかったのでそれもちょっといらいらしました。
結果は男子では四大陸をスルーして今大会に備えた地元のパトリック・チャンが優勝、女子では2年ぶりに国際大会に復帰した韓国のキム・ヨナ選手が優勝しました。チャン選手は今シーズン調子が今一つと言われていましたが、滑らかなスケーティングに加えて情感たっぷりに表現する力もアップしてまた王者が戻って来たという印象を受けました。驚いたのはヨナ選手です。ブランクが長かったのでフリーで体力が持つかどうかなどと囁く声もあったのですが、ショート、フリーとも完璧に揃えてノーミスで滑りきりました。おそらく試合で表面に出なかった期間も休まず必死に鍛錬していたのだろうなあと思わせるようなすごい演技でした。何よりも2人はきちんとピークを合わせて来ている、そこがすばらしいと思いました。
日本の選手は男女とも表彰台は確実という前評判でしたが、結果的には浅田選手の銅メダル1個に終わりました。ちょっと寂しい気もしますが、スケートを1から見直し、2年かけてようやくここまで戻って来た、浅田選手にとってとても価値あるメダルだと思います。
それにしても波乱万丈の大会でした。
1日目の男子シングルでリンクに立った羽生選手を見た時には「あれっ、どうしたの?」と思いました。顔色が悪くて表情も硬い、前の大会の時より痩せたような気もするし…。放送で初めて左膝を怪我していることを知りました。2月の日本での試合の後にカナダに帰ってインフルエンザにかかり10日間休み、遅れを取り戻そうと焦って練習して膝を痛めたということでした。そして後で知ったことですが、リンクの6分間練習で転倒して右足首も傷めたのです。そんな絶不調の状態での演技には覇気も感じられず転倒ミスがあり、まさかの9位。本人はただ「悔しい、悔しい。」と言っていましたが…。
前もって体調が悪いことも殆ど練習が出来ていないこともわかっていたのにどうして出場させたのだろう、こんなに調子が悪かったらフリーを棄権する選択だってあると思いましたが、本人がどうしても出ると言って周りの制止を聞かなかったということも後で知りました。ショートが終わった時点で日本のオリンピック出場枠3人獲得が厳しい状況(ぎりぎり)になっていました。今更引くに引けないし、これが原因で怪我が悪化したらどうしようなどと考えて眠れない夜を過ごしました。そして翌日のフリー。羽生選手、本当に良く頑張りました。根性だけで滑っていたというか…。
すっかり母のような気分になっていた私でした。帰国後の精密検査の結果、今日日本スケート連盟から「1ヶ月の安静が必要と診断された。」という発表がありました。怪我とどう付き合っていくか、そして無理をしない(セルフコントロール)、が今後の羽生選手の課題となってきますね。
思うにフィギュア王国日本の国内の争いは熾烈なものがあります。皆重要な国際大会に辿り着く前に国内大会で消耗してしまっている。今後はピークの調整がコーチ、選手、そして日本スケート連盟の課題になって来ると思います。
浅田選手の演技が終わった後で、佐藤信夫コーチは「まだ道半ばです。」と言っていました。ということは、まだまだ伸びしろがあるということですね。今大会を通して浅田選手のソチオリンピックでの目標ははっきり定まったと思います。「ノーミスで演技を完成する。」ということ。佐藤コーチは「ぎりぎり間に合うかどうか。」とも言っていましたが、頑張り屋の浅田選手のことですから、必ず仕上げて来るでしょう。
今大会の順位には私は特に異論はありません。でも終わった後でどうもスッキリしないのです。フィギュアスケートという競技は好きで、ずっと応援してきました。でも、もうフィギュアは見ないようにしようかなと思ったほど落ち込みました。
採点競技ですからある程度主観が入って来るのは否めません。技術的なことは全くの素人の私にはわからない、専門的な細かい見方もあるでしょうしと思って受け入れようとするのですが、それでもどうも大人の事情というのがちらついて見えるのです。過去に採点の不正疑惑が浮上し、その改善のためにルール改正が行われましたが、未だに不透明なまま、むしろひどくなったように感じました。同じことをやっても評価が違う、採点に整合性がないというか・・、これでは選手たちのやる気も失せてしまいます。それでも健気に頑張っている選手たちを見ていると辛くなってきます。日本ではフィギュアは人気があり、アイスショーや試合などでは会場がすぐ満席になりますが、海外ではフィギュア離れで空席が目立つそうです。この不透明性が改善されない限り、フィギュア離れは益々加速するでしょう。
ISU(国債スケート連盟)の組織が変わり今のジャッジングシステムが見直され、誰もが納得いくものになることを切に願う一人ですが…。
日本には、不可解な採点を究明してフィギュアスケートが公明正大なスポーツとして多くの人から信頼が得られるようにと、FPU(フィギュアスケート保護連合)が立ち上げられています。(2010年)
いろいろなことがありましたが選手たちには収穫の多かった試合ではなかったかなあと思います。
ソチオリンピックまであと1年を切りました。日本の男女出場3枠獲得、本当におめでとうございます。日本選手の皆さん、怪我のないようにソチを目指して頑張ってください。
私もソチまでは一生懸命応援していきます。(ソチで引退する選手も多いようですし、ソチ後は見なくなるような気もしています。)
世界フィギュアが終わると私の気持にも区切りが付いて、いよいよ春到来とばかりに動き始めます。
今朝は今年初めて深い朝霧が立ち込めました。10時頃から軟らかな陽が射し始め気温も上昇して来たので、犬の散歩を始めがてら春を探しに行くことにしました。その詳細はまた明日に…。
探しに行かなくても家に春がもう来ていたことに戻ってから気が付いたのですけどね。
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家の中では梅が咲き始めました

2013年3月14日 (木)

桜だより

九州で桜が咲き始めましたね。昨日福岡で、そして今日は大分で開花したということです。
今日は寒の戻りで気温が下がり、只見も未明から雪が舞って夕方にようやく止みました。明日からはまた暖かくなるというので、各地から続々と桜の便りが届くことでしょう。
暖冬の年は桜の開花が早くなるのかなと思っていたら、そうではなさそうです。
桜は毎年夏頃に翌春に咲く花芽が出来て、休眠状態に入るそうです。その芽が秋から冬にかけて一定期間低温(5℃前後)にさらされると休眠状態から目を覚まし、暖かい春の訪れとと共に開花するのだそうです。花芽が眠りから覚めることを「休眠打破」と言い、桜の開花には秋から冬にかけて十分に冷え込むこと、そして2月後半以降に暖かさが増してくることが条件になってくるそうです。
今年は寒い冬でした。そして2月末から急に暖かくなりました。好条件の下で、桜はいつもより10日も早く開花しているということです。
とは言え、ここ只見の桜はまだ目を覚ましていないようです、蕾は随分膨らんでいるのになぁ。桜前線がやって来るのはまだ当分先、早くて4月下旬かなという感じです。
でも少しずつですが、春の兆しは見えて来ています。
昨日は暖かで陽射しもあったので道路のアスファルトも乾いて土手が少し顔を出して来ました。
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右手奥の梅の木に木地師の庄介さんが長いハシゴをかけて剪定の作業をしています。家の梅も同じ豊後梅で樹の姿が兄弟のように似通っています。自分の剪定に自信がないので、時々庄介さんの梅の木を見に行って「ああ、ここはこういうふうにカットするのね。」と確認しては同じようにやり直すので、ますます似てきます。ここ何年も不作続きでした。今年は大雪だったので何となく豊作になるような予感がしているんですけどね。
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道路の側にそびえていた雪の山を、除雪車が来て砕いて平に均しています。そうしないといつまでも田んぼの上に雪が残り、農作業が遅れてしまいます。(左上)目の前が随分拓けました。
家の入口の畑の一部も顔を出しました。もういちごの小さな葉が出ています。(右上)
雪もだいぶ締まってきました。「かた雪わたり」にはまだ少し早いのですが、雪の上に乗ってみるといけそうだったので、裏山に登ってみることにしました。
放射冷却で明け方に冷え込みよく晴れた朝は、雪が凍ってトントンと板の上を歩くような感覚で長靴でどこまでも行けてしまいます。春先の晴天の日の雪国の楽しみです。歩いているうちに心が清々しくなって嫌なことはみんな忘れてしまいます。
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冷え込みが足りないせいか、トントンというわけにはいかない、雪の表面はクッションのような感覚で、少し沈んでくっきりと靴跡が残ります。何種類もの動物の足跡が交錯しています。結構沈んでいるからそれなりに重さのある動物かしら?などと思いながら登っていると、あっという間に頂上近くに辿り着きました。冬にこの山に入ったのは初めてですが、何の障害物もないので夏の1/3ぐらいの時間で登って来れます。
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山の中はさすがに雪深く、樹齢何十年もありそうな立派なブナの樹々がすっぽり埋もれています。手が届きそうな枝を見上げながら幹に身を預けると、とても不思議な感覚、樹に優しく抱かれているような安らいだ気持ちになります。し~んと静まり返って、眼下には湯ら里の緑の屋根が見渡せます。
そうか~、震災から(只見は水害から)もう2度目の春が来ようとしているのね~。私自身はず~っと緊張して過ごしていてこんなに安らいだ気持ちになったことはなかったかも知れない。
3.11前後は震災から2年ということで、TVでも様々な特集が組まれました。3/9にNHKのコンサートを見ていると、猪苗代湖ズが出演し「I love you & I need you ふくしま」を歌いました。震災後1年間、TVを付けると福島県民の応援歌として毎日のように流れていた歌ですが、聞いていると当時の心境などが思い起こされてとても懐かしい感じがしました。最近ぱったり耳にしなくなりましたが、「その歌を聞くと震災を思い出すから歌わないで欲しい。」という人と「ずっと歌い続けて欲しい。」という人の二手に分かれてきているのだとか…。また別の番組ではかつてボランティアをしていた人が被災地を再訪すると、「3.11は何もしないでそっとしておいて欲しい。」と言われたそうです。1年目は起きたことを受け止め、前を向き乗り越えようと気を張り詰めていて、そのことだけで精一杯だったのではないか。2年経ってやっと後ろを振り返る余裕が出て来た、その意味では進歩ではないかなとも思いました。2年というのは中途半端な時期かも知れません。疲れも出て来るし、これといった見通しも立たずに一番辛い時期かも知れません。そしてこの時期に来て新たな問題も出て来ています。1年目には「今は帰れないけどいつかは故郷に帰るんだ。」と一緒に避難所で頑張っていた人の中に、「もう帰りたくない。」と言って帰らないことを選択する人が増え始めているという現実。人口が流出し、町の再生も困難な状況に陥っています。3年目に入り、放射線による健康被害もこれから徐々に表面化していくことでしょう。原発事故の全貌もまだ明らかにされていません。それなのに原発再稼働に向けて政府は動き始めています。これからが本当の正念場という気がします。こんな厳しい状況ですが、それでも少しずつ良い方向に向かっていると信じて生きていくしかありません。いつになったら気が休まるのだろうなどと思いながら、帰りは斜面を滑るようにして5分で下に着きました。
貴重な安らぎのひと時でした。下界を離れて樹に自分を委ね、無心になることが時々必要なのかも知れません。

2013年3月 9日 (土)

もうすぐ世界フィギュア選手権

震災から2年ということで、これに合わせて各地で様々なイベントが企画されているようです。
会津若松では県と市、それにNHKがタイアップして、復興の祈りを込めた「鶴ヶ城プロジェクションマッピング」が今日と明日の2日間行われます。
プロジェクションマッピングとは建物の壁面などをスクリーンにして映像を投影する技法、パフォーマンスで、昨年9月に東京駅の工事完成を記念して行われた時には非常に話題になりました。好評だったことからXmasにも企画されましたが、人が押し寄せて危険な状態になり1日で中止になりました。
3/8の公開セレモニーには、会津若松に避難して来ている大熊町の人達が招待されたということ。被災者の人達には今が一番辛い時期とも聞きます。この映像で少しでも心が癒され、また前を向いて歩こうという気力につながるようにと祈るばかりです。
実際今日会場に足を運んだ人の話によると、「3時間並んで上映時間がたったの5分。せめて10分か20分にしてほしかった。」ということでした。
何時間もかけて出かけて行ってもあっという間に終わったのでは割が合わないなあ、黄砂もやって来ることだし私は大人しく自宅で誰かが投稿してくれた動画でも見ることにしましょう。
桜は「八重の桜」に因んで命名された新種の「はるか」で、10年後に大輪の花を咲かせる様子を映像化して未来へのメッセージを込めているそうです。
今年の大河ドラマは「歴史に今までと違う方向から光を当てる。」ということで、敗者の会津の視点に立って幕末が描かれ、それがとても新鮮で見ていてとても面白いです。脚本の山本むつみさんは容保公が大好きで考えると涙が出ると言っているぐらいですから、ドラマの中では魅力的な殿様として描かれ演技も素晴らしいので、回を追うごとにのめり込んで行ってしまいます。鶴ヶ城を見学して容保公の写真を見た時には「線の細い、悲劇の殿様」ぐらいの印象だったのですが、こんなに人間的な魅力を持っていたこと、そして光の当て方で人の印象はこれほどに変わるものかと驚いています。
今年のドラマ化によって、長い間明治維新の賊軍として抑圧された歴史を背負って生きてきた会津の人達はどんなにか心が晴れたことでしょうね。そしてこの会津を誇らしく思って元気づけられたことでしょう。「はるか」の満開の映像はさらに元気をくれるものだと思います。
さて、いよいよ今シーズン最大の大会「世界フィギュア選手権」が開幕します。
今回の大会は五輪の出場枠の獲得がかかっていますので非常に重要な大会になりますね。
2月に大阪で行われた「四大陸選手権」では、女子シングルで日本選手が表彰台を独占しました。優勝した浅田真央選手はショートプログラムでトリプルアクセル(3A)を成功させ、シーズンベストを大幅に更新しました。演技を終えた浅田選手からは心からの喜びが溢れて見ているこちらまで幸せな気分になりました。佐藤コーチ夫妻に挟まれ、キス&クライで結果を待っている時に「やっと出来た~。」と自分に言い聞かせるようにつぶやいていたのが印象的でした。多分ずーっと跳びたくて仕様がなかったのでしょう。封印されて3Aを入れなくても高得点が出るという手応えがあっても、「パーフェクトな演技が出来た時に心から喜べる。」と言っていました。ようやく解禁ですね。やはり3Aあっての浅田選手だと思いました。他国の解説では「浅田選手が帰って来た。」と言っていました。でも、あれ、いつの間に跳んだの?という感じで、これまでの助走を長く取り、深く沈んで踏み切る跳び方とは違っていました。いつも跳ぶぞ、跳ぶぞとハラハラどきどきしながら一種の賭けをするような思いで見守っていました。インタビューでは「バンクーバー五輪の時より質が良くなっている。失いたくない。」と言っていました。バンクーバー五輪後、全てを1から見直そうと佐藤コーチの元で2年間必死に努力してきたことがようやく報われ、花開いてきたのですね。自信を持って、この安定したジャンプを失わないで欲しい、スリルを味わえないのはちょっと寂しいですが…。
浅田選手は今シーズン出場した大会は全て制覇しています。この勢いで世界選手権も制覇して欲しい。ファンは皆そう思っています。
四大陸に出場しなかったヨーロッパ特にロシアの若手選手が加わり、また久しく姿を見なかったキム・ヨナ選手が復活して来ますので、熾烈な戦いになるでしょう。浅田選手はフリーでも3Aを決めれば十分優勝出来るし、鈴木、村上選手も最高の演技をすれば表彰台は狙えると思います。
一方男子シングルですが、女子以上に激戦になる予感がします。4回転は当たり前、今や3回も4回も取り入れて成功させている選手がトップクラスにはいます。開催国カナダのパトリック・チャンは今シーズン不安定でしたが、四大陸は参加せず世界選手権に的を絞って着々と準備をしています。四大陸では日本の選手はミスが出て振るわなかったのですが、羽生選手は世界選手権にピークを持って行くように調整しているし、高橋選手もベテランとしての意地を見せてくれるでしょう。羽生選手はフリーをどこまで仕上げてくるかにかかっているような気がします。
羽生選手は3/1に東北高校を卒業したのですね。高校生と思っていたのに大人への階段を一歩ずつ昇っている。そしていつの間にか日本の男子フィギュア界を背負って立つ存在になっています。4月からは早稲田大学に進学するということですが、練習地がカナダで通えないので通信課程で学ぶそうです。
日本選手は明日カナダのロンドンに向けて出発するということです。何だかどきどきしてきました。
日本選手の皆さん、厳しい戦いになりますが、練習の成果が最高の状態で発揮出来るように祈っています。頑張って下さい。
 

2013年3月 8日 (金)

いつの間にか春色

気温が高いので朝も目覚めるとさっと布団から出られるようになりました。
蘭丸も外が明るくなると活動を始め、「早く起きてよ。」と言わんばかりに私の顔をペロペロと舐めに来ますので、落ち着いて寝ているわけにはいきません。起きて台所に行くと、もう陽が射しています。今日もいい天気だなぁ。天気が良いだけで幸せな気分になります。
雪が溶けて水蒸気となり湯気が立って、野も山もボーッと霞んだ感じになり何とものどかな光景です。
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昼頃外へ出てみたら、ホテル湯ら里のブルーに霞む山をバックに、広場でスノーモービルに興じる人の姿が見えました。平和だな~。手前の雪が少し汚れた感じですが、決して中国の大気汚染の影響ではありません。春先に雪解けが始まると、いつもこんな色になるのですよ。
日曜には黄砂+PM2.5が東日本にもやって来るというので、日曜は屋内で過ごすことにしましょう。
夕方はきれいな夕焼け。今年初めてかもしれません。
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左上に天使の雲。左向きで羽が見えますよね。
天使さん、この平安をお守り下さい。最近私の耳には雑音が色々入って来て心穏やかではありません。
箱根山が膨張していて噴火するのではないか、それと連動して富士山が噴火して首都圏に甚大な被害をもたらす等々…。でも自分の不安な心がそういう情報を好んで集めているっていうことも考えられます。
まあ今この時代、自分が生きているこの場所で、今この時に100%の力を注ぐ、それしかないなぁといつも最後はたどり着いて、ほっと肩の力を抜くんですけれど…。
昨日からNHK総合TVで「NHKスペシャル シリーズ3.11 あの日から2年」が始まりました。3.11まで5日間連続の特集です。
私も福島県民として、でも限りなく新潟に近く放射能の影響はほとんど受けない地域民として、この2年間を生きてきました。一日として心の晴れることのなかったこの2年の私達の生活とは何だったのか、それを確認する意味でもこの番組は見逃してはならないと思い、気合を入れて見始めました。今日は大川小学校のことが報道されます。見るのはちょっと辛いですが、でも事実をきちんと知らなければならない。
というわけで、今日は世界フィギュア選手権をテーマにしようと思っていたのですが、時間切れで明日に持ち越しです。ではまた明日…。

2013年3月 4日 (月)

私はネット依存症?

今日は朝からたっぷりの陽射しに恵まれ、終日心地よく過ごしました。
いつもは薄暗い家の中が急にぱぁーっと明るくなって、いよいよ只見にも春が来るんだわと、何か重荷を降ろしたようなほっとした気分になりました。
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今朝の家の前の光景です。穏やかな雪山は本当に美しい。
気温はまだ低めですが、徐々に溶け出した雪の壁にはつららが出来ています。
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今日一日で積雪量は20cmほど減りましたが、今後気温が高めの日が続くというので雪解けは一挙に進むことでしょう。
先週木曜の朝からインターネットが繋がらなくなりました。屋内をいろいろチェックしてみましたが特に問題はないようで、ただモデムのランプが点灯していないので、きっと外で何かアクシデントがあったのだろうと思いました。集落全体の電話も通じなくなっていて、NTTが原因を調べてまわったところ、土曜日になって少し離れた国道沿いの電柱の光回線が断線していることがわかりました。
土曜日は前回の寒波以上の猛吹雪で視界が全く効かない状況でしたが、その中をNTTのスタッフの人達が懸命の作業をしてくれて夜遅くに漸く復帰しました。22:00頃に「直りましたから確認してください。」とNTTの人が現れた時には有難くて拝みたくなりました。(いくら仕事とはいえ、吹雪の中をご苦労様です)
以前も水害で電柱が倒れて繋がらなくなったことがありましたが、その時はFOMA端末で凌ぎ、復帰も早かったように思います。FOMAはもう解約したし、今回は3日間の空白が生じました。
始めはパソコンのやり過ぎだから少し休んで外に目を向けなさいということかしらぐらいに思っていました。ところが半日もしないうちにちょっとしたことが調べられないということにだんだんイライラし始めました。2日目、3日目と時間の経過と共にどんどん孤立していくような感じに襲われ不安が募ってきました。TVで何とか情報を得ようとしましたが、限られた情報しか得られず、さらに突っ込んで知るためにはネットに繋がっていないといけないということでもどかしくなる始末でした。
思うに私は日頃の暮らしのほとんどをインターネットに頼っていました。ネットのない生活なんて有り得ない、辞書、辞典であり、知恵袋であり、交流の場であり、銀行、お店、音楽、動画、レシピ、全てが詰まっている所なのです。そのために一日の何時間を費やしているというのでしょう。特に冬に入ってからは雪かきと簡単な家事以外はほとんどパソコンに向かっているような気がします。いつもは一日いっぱいいっぱいで過ごしているのに、この3日間は「あれ、時間が浮いている。何をしよう?」と思っている自分がいることに気が付きました。
もしかして私はネットに依存し過ぎかしらと、復帰すると早速調べてみました。この時点でもう依存状態ですが…。すると、「インターネット依存症(IAD)」という立派な診断名が存在していたのですね。日本には20歳以上で約270万人いるそうです。未成年の方が割合は多いような気がするのでかなりいるということですかね。
「ネット依存度チェック」http://goisu.net/cgi-bin/psychology/psychology.cgi?menu=c023というテストがあったので試してみたら、何と私のネット依存度は92%と出ました。ショック!
「コンピューターを使い過ぎると、脳が退化する。」という心理学者もいます。情報を容易に探し出せるネットに頼り過ぎれば、自分の脳で考えなくなるというのです。そうか~、たくさんの情報を整理するのが脳の鍛錬になると思っていましたが逆なのですね。
ここ最近の私の生活は気持ちに余裕がなくて、いつも頭の中でこれを調べてあれも知りたいしと思っている。終わりがなくて常に追われている感じ。これでは何のために田舎に移住してきたのかわかりません。心豊かに日々を暮らすという理想実現のためにも、もう一度移住して来た時の生活に戻ってパソコンとどう向き合うかを考えて行かなければなりません。
この3日間の浮いた時間で外へ出て色々活動しましたよ。
先ず、梅の木の剪定。
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いつもより1ヶ月ほど早めですが、蕾も膨らんできているし雪の多い今なら高い枝も届きやすいと思って、木に登って惜しげもなくバチンバチンと切りました。落ちた枝は拾い集めて家の中の暖かい所で育てます。1ヶ月遅れの旧暦ひな祭りの頃には花が咲き、良い香りを放ってくれることでしょう。
日曜日は湯ら里の広場で「TADAMIスノースポーツフェスティバル」が開催されました。
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雪上バレーボール(コートは3面)
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小さい子供たちはソリ遊び
土曜の夜はキャンドルナイトで前夜祭が予定されていましたが、吹雪のため中止になりました。
毎年元全日本のバレーボール選手、ビーチバレーの選手が数名招待され一緒にプレーします。バレーボール、フットサル、駅伝、綱引き等の競技が雪上で並行して行われ、若者たちで賑わいます。
日曜も風が治まりきらず雪の舞う中でしたが、子供たちはものともせず熱い戦いを繰り広げていました。雪国の子は本当に元気!
蘭丸が暫く大好きな子供に接していないからと抱っこして連れて行きました。でも寒さと風にブルブル震えて駆け回ろうともしません。女の子何人かに撫でてもらってそれで満足そうだったので、早々に退散しました。
ああやはり外で体を動かすのは気が晴れるし、人がたくさんいる所は楽しいなぁ。オタクな生活からそろそろ卒業しなければ…。

2013年2月26日 (火)

最強の寒波が去った日

今世紀最強の寒波だなんて、まだ21世紀になって13年なのにおおげさだなあと思っていたら、本当に強烈でした。
23日(土)夕方頃から強い西風が吹き始め吹雪になりました。夜中は風で窓が鳴り、何度も目が覚めました。翌24日はさらに風が強く、外で溜まった雪を運んでいると途中で吹き飛んでしまい、作業が一向にはかどりません。風が吹く度に目の前が真っ白になり、口を開けようものなら雪が入り込んできます。それでも雪を片付けないことには生活に支障を来たしてしまうので、必死で作業を続けました。日中でも-5℃ぐらいから気温が上がりませんでしたが、終わった時には汗びっしょりで風で喉を痛めたのか声がガラガラでした。昨25日は昼頃青空が覗き日が射しましたが、その中でボロボロと雪が降って吹雪きました(お天気雨の雪バージョン)。そしてとうとう観測史上最多の積雪量になりました。341cmです。
昼頃日曜に来れなかったからと、移動販売のおじさんがやって来ましたが「75年生きてきて、こんなに雪が降ったのを見たのは初めてだよ。」と言っていました。私には雪のことより、おじさんが75歳だというのが驚きでしたが…。いつもエネルギッシュでもっとずっと若いと思っていたので。
「昨日きれいに片付けたと思ったのにまた同じぐらいの量が積もっている、やれやれ。」と思いながら午前、午後2回に分けてきれいにして家に入って間もなくのことです。「ドーン!」という底から突き上げるような音。あれ、屋根から雪が落ちたのかな?と思ったらどうも様子が違う。すぐ揺れ始めました。TVをつけるとすぐ近くの日光北部(奥鬼怒)を震源とする震度5強の地震が発生したとのことでした。東日本大震災の時よりも強い揺れを感じました。只見は震度3と出ていましたが、私の体感では4に近かった様な…。余震が続くので暫くは注意が必要ということで、いささか緊張気味で床に就きましたが、何とか収まって来ているようです。大雪でその上震災なんて、それだけはやめて欲しいなという気分です。
寒波が去って、今朝は気持ちの良い青空が広がりました。こんなに穏やかな陽射しは何週間ぶりのことでしょう。道路沿いにはうず高く積み上げられた雪の山がいくつも並んでいます。
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今朝の雪は真っ白です。ここ2日ほどは少しグレーがかっていました。中国の大気汚染がまた進んでいるようです。このところ毎朝雪の色を見る習慣が付いてしまいました。といっても僅かの差なんですけどね。
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上の写真、ちょっとわかりにくいのですが、右側の細かい方が2日前の雪で左側が今日の雪です。綺麗な白い雪は重なった部分が薄いブルーがかった感じになりますが、汚れた雪は重なった部分が灰色になります。雪の山も昨日は全体的にくすんでいました。
PM2.5が飛来すると、雪の結晶が周りを取り囲むようにして吸着するそうです。ですから雪の間は大丈夫なのですが、健康に影響を及ぼすのは雪が溶け始める頃、春先ですね。飛散したPM2.5は目や気道、肺を刺激し、花粉症を悪化させるそうです。今年の春はマスクを付けた方が良さそうです。
一通り周囲の雪の状況を見回って家に戻り、玄関の小窓から1階の庇の部分を覗くと、ああやはり、すっかり壊れていました。
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我が家の高窓には隙間があって、台風の季節になると毎年横殴りの雨が室内に入って来て頭を痛めておりました。3年前に3階の改装に入った大工さんに相談したら、光を遮らない庇を付けてくれました。それ以来雨が室内に入りこむことはなく、雨よけばかりか真夏の日除けにもなって、とても気に入っていたのです。
左上写真が北側、右上が南側に取り付けた庇です。去年までは何の異常もなかったのですが、今年に入って1月半ば頃、屋根の部分のポリカーボネート板が1枚剥がれ落ちて来たのです。雪をかきわけて様子を見に行くと、黄色い支持板が雪の重みで柱から一部外れ始めていました。何度か雪が降って負荷がかかったら完全に外れて周囲に及んで庇全体が破損するなあと思いましたが、今回の雪で壊れてしまいました。辛うじて手前の支持板はくっついていますが、雪は庇の上まで届いてとても入っていけない状況ですので、いずれこれも壊れてしまうでしょう。
一方、南側の庇は健在です。それほど日照時間はなかったのに北と南ではこんなに違うものなんですね。どうりでこの地域の家は壁に何も付けていないフラットな家が多いです。夏に日除け用に長い庇を伸ばしている所があっても冬は畳んでしまいます。合点が行きました。
我が家ももっと強度のあるものにするか、屋根の角度を変えて出来るだけ負荷がかからないようにするか、冬は畳んでしまうか、対策を立てなければなりません。今年の雪は特別でしたから、他にも破損しているところがあるかも知れません。雪が溶けたら家の周囲をじっくり点検してまわることにしましょう。
地球の温暖化が言われ始めた頃、ああ雪が少なくなるから雪国の人は楽になると思いましたが、そう単純なことではないようです。
「温暖化によって北極海の氷が溶け、大気中の水分が増えて、冷気を北側に追いやる気流や西向きの風に影響を与えている。冷気が通常より中・低緯度の地域に流れ込んで欧州や米北西部や中国等に大雪をもたらしている。」という考え方があります。(AFP記事)
そうするとこの後もずっと大雪が続くことになりますが、それは嫌なので私は日本の気象庁の説、「北海道を除くほとんどの地域で降雪量や大雪の頻度が減少する。」の方を信頼しようと思います。
雪が少なくなる代わりに、平均気温が上昇し暖冬が続くので降水量は増えるそうです。海水温も上がり、生態系は変わり、夏は猛暑が続き、少雨そして干ばつ、一方で多雨、洪水と極端な形で異常気象が起き、酸性雨による森林破壊も進み、生活環境は非常に厳しいものになって来そうです。温暖化は今も進行していてストップする術はありませんが、せめて緩やかにするための努力は日々の生活の中で出来そうです。
私も春を迎える前に身の周りの整理をして必要な物だけを持つ、必要な時にだけ必要な分使う、そしてできるだけ自然に即するを心がけようと思います。断捨離ということですかね。
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今夜は満月です。星も明るく輝いています。静かな静かな夜。明日は気温も上がって暖かくなりそうです。季節はようやく春に向かって歩みを始めようとしています。

2013年2月21日 (木)

老舗の火災

老舗の火災

雪まつりが終わっても一向に春の近づく気配はなく、雪が降ったり止んだりの日が続いています。今朝の積雪量は312cm。あと20cmも積もれば1991年2/24の最高値を超えてしまいます。
裏の出口から見る雪の壁もどんどん高さを増して行きます。
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畑の上にこれだけの雪が乗っかっているということは、消えるまでにかなりの時間がかかりそう。今年は農作業も遅れそうな予感がします。
雪かきをしていると家の前を散歩がてら近所のおばあさんが歩いて行きます。転倒しないように、スキーのストックを両手に持ったり、杖をついたり…。何しろ除雪車が鏡のようにきれいに道路をかいて行ってくれますので、どうかするとツルンと滑って転んでしまうのです。私の姿を見て、「いつも頑張っているねぇ。」などと声をかけてくれます。「こんな雪知らなかったでしょ?慣れたら大丈夫だから。」う~ん、何年経っても馴れないんですけど。いつになったら馴れることやら…。
また別のおばあさんが通りかかり、「よくまあ、きれいにすること。大変でしょう?」という問いかけに「まあ、運動だと思って毎日やっているんですよ。」と答えると、「運動なんて…、重労働ですよ。」と言われてしまいました。確かに重労働。今はまだ運動と思える余裕がありますが、10年後に果たして今と同じ体力が保持出来ているかどうか自信はありません。先月1週間ほど低気圧が居座って大雪が続いた時には、さすがに左肩が痛くなって手が痺れるような感じがあり、私は死ぬまでここで過ごすのだろうかと将来の不安がチラと頭をかすめました。
町は独立して生活することが不安な高齢者世帯の人達が希望すればいつでも入居できるようにと、保健福祉センターの中に住居を用意してくれたり、除雪を委託できるように業者を紹介たりといろいろ配慮してくれています。今でさえ我が町の高齢者の割合は40%。今後さらに増えて行くお年寄りの人達が冬季の生活をどう乗り越えて行くかというのは大きな課題となって立ちはだかりそうです。
黙々と雪かきをしながら色々なことを考えます。
昔読んだSF小説や漫画に出て来た“ドーム型都市”、あれっていいんじゃない?東京ドーム何個分かの大きなドームを作ってそこに町の人達が住むんです。晴れた日はドームの天井をポッカリと開けてさんさんと降り注ぐ陽光を浴び、雨や雪や強風の日は天井をピタッと閉めます。中は快適そのものですね~。冬でも野菜がすくすくと育ちます。犬も伸び伸びと散歩が出来るし、いいことづくめだワン!
ん~、現実は作るのに莫大なお金がかかり住民税が高過ぎて、中に住むのを拒否する人が出てくるかも知れない。でもエネルギーはかなり節約出来るはずだから冷暖房費は安くなってトントンかも知れない。
あ~、でもこれって人間至上主義の考え方。生態系は大きく狂ってしまいます。“自然首都 只見”には全くそぐわない、やっぱりだめか~。などと一人夢想してニタニタします。
今月いっぱいは低温が続きそうということで、史上(観測)最高値超えもあるかも。あと1週間の辛抱です。3月に入れば少しは春の兆しが見えて来ることでしょう。
一昨日の夜9時頃、ニュースを見ようとTVをつけると、目に飛び込んで来たのが創業130年の老舗「かんだやぶそば」が炎上している映像でした。東京でも好きな店の一つだっただけに、暗い夜空に真っ赤な火の粉が飛び散り人だかりがしている様子はとてもショックでした。隣接するビルの外壁なども焼けて3時間ほどで鎮火したようですが、あの風情のある建物は部分的には残ったものの使い物にならず、建て替えが必至のようです。
                         板塀に囲まれた数寄屋造りの店舗
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私がなぜこの店を知っているかというと、実は歩いて7~8分の神田駿河台という所に5年ほど住んでいたことがあるのです。最寄駅は御茶ノ水でしたが、台という地名がつくぐらいですからちょっとした小高い丘になっていて、坂を下れば秋葉原でも神田でも古本街のある神保町でも徒歩10分ぐらいで行けました。仕事が終わると夕暮れの街をよく探索に出かけたものです。秋葉原と御茶ノ水の中間ぐらい、裏通りを入った所に東京大空襲で焼失を免れた一角があります。このやぶそばもその一つで、道路をはさんで奥の方にはぼたん(すき焼き、鳥料理)、いせ源(あんこう)、竹むら(甘味処)等の有名な店が軒を連ねています。休みの日には都内の友人と待ち合わせて、大正時代にタイムスリップしたようなこの界隈をよく散策したものです。十分歩いてお腹が空いたところでやぶそばに入り「せいろうそば」を味わい、その後に竹むらでデザート「あんみつ」を食べ、帰りに揚げまんじゅう(これが絶品)を買って帰るというのが定番のコースでした。火災を知った時にもしかしたらこの一角にも燃え移ってしまうかも知れないなあと心配しながら見ていたのですが、そこまで大きな火事にならずに鎮火してほっと胸をなで下ろしました。何でも天井の漏電が原因ということですが、定期的に防災点検が入っていたのにどうして?という気もしてきます。でも古い木造家屋ですからね、燃えたらあっという間、形あるものはいつか壊れると諦めざるを得ないのでしょうか?それにしてもお客様、従業員に怪我人が一人も出なかったということは本当に良かった、こういうのを不幸中の幸いというのですね。

やぶそばの近くに「神田まつや」という、いつも行列が出来るほどのこれまた老舗の蕎麦屋がありますが、こちらの方が美味しいという人もいます。私も麺は確かにまつやの方がこしがあるような気がしましたが、総合的にはやぶそばを選んでしまいます。雰囲気のある店でちょっと辛めのこれぞ江戸ッというきりっとしたつゆでいただく緑がかったせいろうそばは、何ともいえず美味しいのです。
でも同じ建物の再現は無理ですね。木造建築も無理かもしれない、これからは味で勝負ということになりますが、一日も早い復活をお祈りしております。
駿河台で過ごした5年は私にとってとても充実した日々でした。夫と出会ったのもこの時期で、2人で何度もここのお蕎麦を食べに行きました。ああ、何だか急に懐かしさが込み上げて来ました。
この界隈は池波正太郎さんも愛された場所で、足繁く通われたそうです。
今度上京したら、しばらくご無沙汰していた神田明神にお参りしてその足で大好きな「竹むら」に立ち寄って来ようかな。まだ建物が健在のうちに…。
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